組合員企業紹介

中西印刷㈱

住所
〒602-8048 上京区下立売通小川東入ル
電話番号
075-441-3155㈹
FAX番号
075-441-3159
E-mail
infos@nacos.com
URL
https://the.nacos.com
主たる業種
出版印刷・WEB
主な設備

菊全両面印刷機2台 オンデマンド印刷機(乾式トナー型)3台カラー/モノクロ
CTP装置一式
パソコン、全社1人1台以上、各種DTP(特にWindows)

歴史・沿革

慶応元 年(1865) 初代 中西嘉助 書肆めとき屋から分家独立。
明治03年(1870)   京都寺町六角下るに書籍商及び木版印刷の松香堂創業。
明治12年(1879)   蛸薬師通麩屋町にて中西活版所開業。店主中西嘉助
明治14年(1881)   東堀川押小路下るに転居。当時二条城内にあった京都府庁 の御用達となる。
明治18年(1885) 京都府庁の現在地(下立売釜座)移転にともない命により 下立売小川の現在地へ転居。事務所及び工場新築
明治34年(1901) 創業者中西嘉助没し、中西印刷合名会社設立 社長二代目中西嘉助就任
明治38年(1905) 初代中西勝太郎社長(三代目)に就任
昭和16年(1941) 二代目中西勝太郎社長(四代目)に就任
昭和20年(1945) 企業整備に耐え戦争中も途切れることなく印刷業に専念
昭和28年(1953) 中西印刷株式会社に組織変更。主として官庁印刷、出版物 印刷を主力に受注し現在に至る。
昭和43年(1968) 新社屋(鉄筋四階建)建設
昭和44年(1969) 中西 亨社長(五代目)に就任
昭和60年(1985) 中西 亮社長(六代目)に就任
昭和61年(1986) 京都府より「京の老舗」の表彰を受ける。 電算写植機導入。以後、電算写植の拡充につとめる。
平成04年(1992) 活版全廃。電算写植平版専業となる。
平成05年(1993) 中西 隆太郎7代目社長就任。創業者より7代目に当る。
平成08年(1996) インターネット事業部発足 オンラインジャーナル分野に進出。
平成11年(1999) 英国Oxford University Pressと提携。 東京出張所を開設。
平成15年(2003)   アナログ設備全廃。全社フルデジタル体制に移行。

平成17年(2005) 東京事務所開設 中小企業経営革新支援法にもとづく承認企業となる。
経済産業省IT活用型経営革新モデル事業に認定される。
平成24年(2012) 世界初の和文オンラインジャーナル発信
平成25年(2013) 東京事務所を東京営業部に改組
平成28年(2016) 現社長中西 秀彦就任。創業者より八代目に当る。

PR・その他

中西印刷は学術物印刷業に特化しており、特に、多言語処理、漢字分野に特色をもつ。活版時代は、多数の漢字活字を有することで、京都大学人文科学研究所等の東洋学文献を多数てがけた。同時に、第6代社長中西亮(1928~1994)は、文字と組版に対する深い造詣をもち、1960年代から70年代にかけて、ビルマ文字、モンゴル文字などの活字までも収集し、言語学組版という分野を育てた。当時、西夏文字活字を有するのは、全世界で中西印刷だけだった。これら活字も独自開発するなど、文字の取り扱いに対するノウハウを蓄積し、電算時代になってもそれは生き続けた。
 電算写植導入後も、中西印刷の組版の伝統を引き継ぐべく、「活字で可能であった組版をすべてデジタル印刷の時代にも実現する」ことをめざした。この過程で独自に開発した漢字フォントも数多い。この活版から電算への移行経緯については、現社長 中西秀彦(1956~)が「活字が消えた日」(晶文社1994)として著している。なお、中西秀彦は漢字コード問題についての発言も多く、1998年のUnicode Consortiumでは、Key Note Speechも行っている
 また、電算機については、単に組版手段として使用するばかりでなく、情報処理装置としての可能性に着目、データベースからの組版やデータベースと書籍の同時作成などを多数手がけている。また、この電算処理技術と、旧来からの漢字組版の伝統を融合して、旧漢字情報処理という独自分野も開拓している。
 最近では、オンラインジャーナルによる和欧文学術誌の全世界への発信事業をはじめた。

閉じる